2010年10月19日

困った時の「貫一郎」さん

 ・・・・・ってなわけで、目前のオヤツがわけもわからず消えてしまってひたすら「ぼーぜん」としているようなウィル殿下を笑えないおっさんであります。殿下、これからは意味不明な「マテ」は控えるよ顔(泣)

 とはいえ、いつまでも「ぼーぜん」としているわけにもいかんので、心のデフラグをせねば!
 ってことで、そう、困った時の「貫一郎」さんであります。
 え? わからん!って?
 そうだよね。
 それはこれからお話しますが、・・・・・にしても、今回は語り口調の文節が多いな。ネタばれ、ネタばれ顔(ペロッ)

 件の「貫一郎」さんとは「吉村貫一郎」のことを指しています。
 「吉村貫一郎」とは浅田次郎さんの時代小説「壬生義士伝」の主人公であり、ほぼ架空の新撰組幹部隊士のことです。
 ほぼ架空というのは、さまざまな文献資料などで「吉村貫一郎」という人物が実在したことは間違いないのですが、「新撰組始末記」で語られるこの人の逸話は作者子母澤寛の創作であり、重要な登場人物であり南部藩の大野次郎右衛門なる方は架空の人物であることがハッキリしているそうです。
 浅田さんは、この実在した人物の架空の逸話にスポットを当てて素晴らしい作品を世に送り出して下さいました。
 えらそーですが個人的に感謝感謝でございます。

 物語の詳細は本を読んで頂くとして、何が困った時の「貫一郎」さんなのか? ということなのですが。

 時は幕末、舞台は長かった侍の世の終焉。
 「貫一郎」さんは新撰組隊士なのですから、一応は幕府側の侍ということになります。しかし、実態は故郷南部藩の家族を養うためにやむなく脱藩をして京都に出稼ぎに来た、身分は足軽の半農民であります。
 もともと新撰組ってのは侍の身分に憧れて、都で一旗揚げてやろうと飛び込んできた百姓や浪人などの寄せ集めですから、他の隊士も程度の差はあれ境遇は「貫一郎」さんとあまり変わらない。が、家族を養うためにってのは「貫一郎」さんだけ。だから表面上、とてもケチな田舎侍。新撰組はそうとう羽振りがよかったそうで結構な給金を頂けたうえに、命のやり取りをする最前線ですから働きに応じての臨時手当も大盤振る舞いだったそうです。ですから自分が多少の贅沢をしても十分な仕送りができたはずですが、「貫一郎」さんは給金手当の全額を毎回必ず送金し、自分はほころびだらけの着物に痩せ刀。けど、腕は滅法たって危険な仕事は常に最前線に出ていく。
 そんな風変りの守銭奴田舎侍を周囲の人々がどのように見ていたか、を、明治維新を生き抜くことができた関係人物が、過去を述懐しながら当時気付かなかった新たな発見をしていく、という語り口調の文体で書かれています。
 新撰組ってのは先ほども述べたように、百姓・浪人・下級武士の寄せ集めですから「本物の侍」にとてつもなく憧れており、行動原理は「侍とはかくあるべし」ということに終始しています。ですのでとにかく「武士道」なるものにこだわり、些細な規則違反でも厳罰を下し隊士に「切腹」をさせたりします。ただ「切腹」ってのも「侍」にとっては非常に名誉な死刑であり「切腹」すら許されずに首を刎ねられるってのは侍にとって恥辱の極みだったそうです。裏を返せば出自のよくわからない新選組隊士に切腹させるということは「侍として死なせてやる」ことだったわけです。つまり、それだけ「侍」であることにこだわっていたということです。
 そのような武士道第一主義の組織にあって「貫一郎」さんは異色の存在でした。
 家族を養うために仕送りするのは良しとしても、自分が赤貧にあえいでまでしなくてもいいだろう、と。稼ぎが低いならともかく、切ったはったの最前線で命を的に高い給金をもらっているのだから贅沢してもバチはあたるまい。それよりも「侍」なんてのは見栄をはってナンボの商売じゃ。まして新撰組は命がけで見栄を張らにゃあならんのだ。金と命を惜しんでなんになる。その上、時代はどーも幕府側の「侍」にとってよくない方向に向かっている。せいぜい派手に死に花をさかせようじゃあないか!ってなもんが当時の新撰組の状態でした。
 ところがどんだけカッコをつけて見栄を張っていたとしても、まあ人間ですから、いざとなると色んな迷いが出てくる。ついには鳥羽伏見の戦いで薩長軍の錦の御旗を見た新撰組は潰走寸前の逃げ腰になってしまう。誰もが見栄も誇りも失いその場に崩れそうになる中、それまで「侍」の風上にも置けない守銭奴の田舎侍と思われていた「貫一郎」さんはただ一人、大音声で見栄を切り雲霞のごとき薩長軍に向かっていく、と。
 最後はちょっとはしょってしまいましたが、お話の流れは大体こんな感じです。
 話の筋だけだとなかなかテーマが見えてこないのですが、おっさんの解釈はこうです。
 つまり、故郷では足軽という身分から満足に家族を養うことができない父としての不適格者であった「寛一郎」さんは、その甲斐性を満たすために脱藩をして新選組に入りました。だから「侍」としての見栄や矜持なんぞどうでもよく、ひたすら家族に仕送りをしました。それが彼の目的だったから。しかし、新撰組に入隊したことによって身分は足軽から最終的には直参旗本並(内実はともかく)となりました。徳川幕府の禄をはみ徳川家の家臣となったわけです。それは故郷では超えることのできなかった身分の壁を越えさせてくれたということです。「貫一郎」さんという個人を認めて評価をしてくれたのです。人としてとてもうれしいことです。その徳川家が滅亡のふちに追い込まれようとしているとき、家臣として逃げ出すことができるでしょうか?
 「貫一郎」さんの答えは「否」でした。
 ここには大いなる矛盾が発生します。家族を養う父として生きるならば、その死は責任放棄を意味します。一方、認めてくれた徳川幕府に義を尽くすならば、わが身を案じて逃げ出すことは不義以外の何物でもありません。
 父として生きるのか、臣として死するのか。
 ただ、どれだけどん詰まりになったとしても、曲げてはいけない節義ってのはあると思います。「貫一郎」さんの家族が生きながらえたのは、幕臣となった「貫一郎」さんの稼ぎのおかげであるならば、たとえその先が責任放棄となったとしても、稼ぎの元の幕府が倒れるその日まで幕府を裏切るような真似はしちゃならねぇ、と。それが人としての義ではないかとおっさんは思うのです。

 実際のお話はもうちょっと複雑で、おっさんのつたない解説では足らない部分が多く存在します。
 特に、展開の中心は関係人物の述懐ですが、幕間では「貫一郎」さんの命火が尽きるまでの時間を「貫一郎」さんのモノローグでつづられています。そこがまた人間の感情の機微がうまく描かれていて胸に沁みます。行きつ戻りつの繰り返しやなぁ、と。

 いずれにせよ、おっさんは何かしらに息づまるとこの作品を読み返しています。
 その度に「貫一郎」さんのように生きたいなぁ、と思います。
 自分の「義」ってんですかね?
 そいつにだけは反しないようにしたいな、と。
 ま、現実世界はなかなかにそうシンプルではないんですが(苦笑)

 では、最後は「貫一郎」さんの作中でのセリフで締めたいと思います。

「新撰組隊士吉村貫一郎、徳川の殿軍ばお努め申っす。
一天万乗の天皇様に弓引くつもりはござらねども、
拙者は義のために戦ばせねばなり申さん。
お相手いたす」
IMG_7598.JPG

人生万事塞翁が馬


ニックネーム ウィルとーさん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | おっさんのつぶや記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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